街道が結んだ縁 未来へ
- 2月18日
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更新日:2 日前
~東京で「金の道フォーラム」沿線5地域 連携探る~(2026.1/31開催「金の道フォーラム」採録)
江戸時代に佐渡から江戸へ金銀を運んだ、かつての街道「御金荷の道(金の道)」の沿線5地域による「金の道フォーラム」(新潟県、佐渡市主催)が1月31日、東京都千代田区の大手町サンケイプラザで開かれた。2024年に世界遺産に登録された「佐渡島の金山」の価値や魅力を次世代に引き継ぐとともに、未来を見据え、沿線地域との連携を深める方策を探った。(文中敬称略)
パネルディスカッション
[パネリスト]
「佐渡島の金山」を未来につなぐ会事務局長 庄山忠彦氏
海野宿開宿400年記念事業実行委員会副委員長 橋本俊彦氏
安政遠足保存会会長 中島徳造氏
蕨ガイド会事務長 清藤孝氏
板橋宿不動通り商店街振興組合代表理事 松山浩哉氏
コーディネーター/新潟日報社論説編集委員 間狩隆充

テーマ1 | 活動
史跡保存へ整備に力 庄山氏
海野宿 マップでPR 橋本氏
[間狩]江戸時代に金を運んだルートの地域で、その歴史を生かしてどういった取り組みをしているのか、紹介してほしい。
[庄山]佐渡島の金山を未来につなぐ会では、講演会と研修会、街道を活用したPRイベント、御金荷の道ウォークを開催している。遺跡保全のため、街道や史跡周辺の草刈りなど、整備作業が一番重要な活動だ。
[橋本]長野県東御市の海野宿は、北国街道の約650メートル、保存家屋は70軒ほどある。昨年、開宿400年を迎えた。地元大学の協力を得て、講演会やワークショップをしている。一昨年、御金荷の道ウォークに参加して佐渡市との縁ができ、「海野宿&金の道マップ」も作った。
[中島]安中市は群馬県の西端に位置し、街の中心を、東西に金の道の中山道が通っている。安政遠足は別名を侍マラソンという。1855(安政2)年、安中藩主、板倉勝明が心身の鍛錬のため家臣に徒競走をさせた記録が1955年に見つかり、75年に復活させた。小説や映画になり参加者も増え、金の道を使った、安中市にとって最大の事業になっている。
[清藤]中山道蕨宿の街並みは約1.1キロで、周りを深さ2メートルの堀を巡らせていたのが特徴だ。毎年11月3日に宿場まつりを大々的に行っている。この中に御金荷の道ウォークを入れていただければと考えている。
[松山]板橋宿は、中山道の江戸から数えて一番初め、京都から数えると最後の69番目の宿場だ。長旅を続けてきて、江戸に入る前に体を清め、労をねぎらったそうだ。板橋宿不動通り商店街は全長約400メートルで、個人店は高齢化で少なくなっているが、朝市やイベントを定期開催している。
テーマ2 | 継承
歴史伝承へ人材育成 中島氏
由来や伝説 次世代に 清藤氏
[間狩]次世代へつなぐアイデアを聞かせてほしい。
[庄山]未来を担う子どもたちに対する出前授業が、最重要案件。これまでも実施しているが、さらに力を入れていきたい。世界遺産登録後、座学より現地学習の依頼が増えたので、ガイドを育成していく。新たなイベントの創出、佐渡の文化や歴史など多様な研修の推進も行っていく。民間だけでは限界があるので、県や市との連携も必要だ。
[橋本]子どもたちに興味を示してもらうため、小学校で400年事業を手伝ってもらった。また、写生に来る子どもたち、趣味の皆さんが大勢いるので、絵画コンクールを進めていきたい。保存会ができて38年だが、継続性や責任性を考慮し、組織の見直しも検討したい。
[中島]歴史文化遺産をしっかり把握し、第三者に対していつでも正確に説明、案内、発信できるような体制づくり、人材づくりが必要だ。
[清藤]蕨宿てくてくガイドツアーを始めている。学校から、課外授業で蕨について話してもらいたいとの依頼も来る。蕨という地名の由来には、おもしろい伝説がある。若い方に蕨に興味を持ってもらい、つないでいきたい。そうした役割をガイドは担っている。
[松山]板橋区は区民祭りを大々的に開催していて、ブースを出している県人会もある。区民祭りや商店街のイベントで、東京の県人会の方に活動の中心になってもらい、つながりを持てたらと思っている。
テーマ3 | 連携
住民交流担う商店街 松山氏
[間狩]金の道がつなぐ連携の可能性についてお聞きしたい。
[庄山]この3年の金の道交流事業で、島外の自治体、民間団体との交流が実現している。この後も続けることが大事だ。ネットワークの構築や予算など課題はあるが、行政とも連携しながら解決し、つなげていきたい。
[橋本]海野宿ふれあい祭りで、独自の御金荷の道の行列を計画している。ガイドの中に北国街道を通った御金荷の道の話を加え、今後も街道の話を盛り上げていきたい。
[中島]今回、佐渡奉行の印影と、碓氷関所の東門にある火伏せのまじないの懸魚(げぎょ)を合わせたキーホルダーを作成した。今日つながった皆さまが、幸運に恵まれるように願いを込めた。
[清藤]歴史的価値と観光的価値を消滅させないために、蕨をガイドする時には、御金荷の道も付け加えて話していきたい。
[松山]マンション住民と昔からの住民をつなぐのが商店街の役割と思い、活動している。今日つながりのできた佐渡やその他の県と、交流の一端を担えるといい。
[間狩]人口減少の中で交流人口や関係人口を増やすことは大切だ。金の道でつながった関係は貴重なもの。この縁を大切に、今後も交流を続けていってもらいたい。
【佐渡市長あいさつ】渡辺竜五・佐渡市長
文化の物語 語り継ぐ

「佐渡島の金山」の世界遺産登録は28年にわたる関係者の尽力によって成し遂げられた。「佐渡島の金山」の価値は、金の歴史において砂金や近代鉱業以前の「手工業による金生産」という、人類史の空白を埋める重要な存在だという点にある。これは極めて意義深い評価で、佐渡の金がヨーロッパにまで影響を及ぼした可能性など、歴史的ロマンもある。こうした「金の道」と文化の物語を、未来へと伝えていきたいと思っている。
【基調講演・「佐渡島の金山」をゆく】
世界遺産検定マイスター・世界遺産アカデミー認定講師 山本・リシャール登眞さん
国際社会に示した「記憶」

昨年10月に佐渡を訪れ、世界遺産に登録された相川金銀山や西三川砂金山、鶴子銀山をはじめ、湊町小木や宿根木、相川の町並みなどを視察した。
「佐渡島の金山」は、鶴子銀山、西三川砂金山、相川金銀山の三つの資産で構成される。相川金銀山では、手掘りから機械掘りへと移行する過程が現在も視覚的に確認できる。機械主体の海外の鉱山史跡とは対照的な、手工業による生産の過程を示す「世界の金の歴史の空白を埋める遺産」といえる。西三川砂金山は、村単位で行われた手作業による「大流し」と呼ばれる砂金採取法が特徴で、世界的にも例の少ない技術として評価された。
佐渡の特徴は鉱山遺跡だけにとどまらない。金の輸送で栄えた湊町や、相互援助関係にあった商人の存在、無名異焼や能、鬼太鼓といった芸能文化、さらにはトキ保護に至るまで、金山を基盤に育まれた多様な文化が今も島に息づいている点にある。佐渡は、ゴールドラッシュ後に衰退した海外の鉱山都市とは異なり、生活と文化が「堂々と」生き残っている。
一方で、世界遺産に値する価値についても考える必要がある。登録には「顕著な普遍的価値」があり、文化的背景の独自性や伝統を継承していることなどが挙げられるが、世界遺産は普遍的な価値を機械的に計るものではなく、国家が自国の歴史や記憶を国際社会に提示し、説得する制度。近年は、複数の資産を組み合わせて価値を示す「シリアル・サイト(連続性ある遺産)」など、評価の枠組みが多様化しており、「佐渡島の金山」はそうした現代的な世界遺産像を体現している。
課題もある。特に西三川砂金山は草木に覆われ、価値が視覚的に伝わりにくい。今後は展示や解説の充実、歩道整備、植生管理、さらにはガイドによる知識と記憶の継承が重要になる。
佐渡島の金山は、日本が国際社会に提示した一つの「記憶」である。佐渡を生き、佐渡を伝え、佐渡を日本国を通して世界遺産登録を実現した人々の記憶。それをどのように保存し、価値を未来へどう伝えていくか。地域と向き合う継続的な取り組みが、世界遺産の真価を高めていく。
佐渡から江戸へ、80㌧近い金を輸送した「金の道」は記憶を語り継ぐアプローチの一つとして魅力的な方法。「江戸の地下金庫」だった佐渡の実際を知ることができる。近代以前、移動することが少なかった人類を突き動かしたのが、金だったといえる。
●プロフィール / 2005年、フランス・リヨン生まれ。京都府出身。世界遺産検定の最高位「マイスター」を当時最年少の11歳で取得する。「日立 世界ふしぎ発見!」(TBS)の解答者やミステリーハンター、「サンドウィッチマン&芦田愛菜の博士ちゃん」(テレビ朝日)の「世界遺産博士ちゃん」として活躍する。東京大学文科一類(法学部)に在学中。世界遺産アカデミー認定講師でもあり、世界遺産の重要性や普遍性を広く伝えている。著書に「WOWファクター 心の中の平和のとりで」(小学館)がある。
【往事の歩みに思いはせ 御金荷の道ウォーク】
江戸時代、佐渡から江戸まで金銀を運んだ道を、当時の装束でたどるイベント「御金荷の道ウォーク」(佐渡市主催)が2023~25年度に行われた。
佐渡・相川の金銀山で産出された金銀は、小木港から海路で出雲崎へ運ばれ、そこから北国街道、中山道を経て江戸まで運ばれたとされる。
「御金荷の道」は、市民団体が、世界遺産登録への機運を高めようと佐渡島内で例年実施。23年度からは、佐渡市が沿線地域との連携を深め、交流人口の拡大につなげようと開催地を県外に広げた。世界遺産登録が決まった24年度は、当時宿場町として栄えた長野県東御市のほか、東京都内では金融の中心地「金座」が置かれた日本橋までの道を歩いた。
25年度は、「『佐渡島の金山』を未来につなぐ会」が島内で行ったイベントに続き、旧中山道が通る埼玉県蕨市から東京都板橋区までの約11㌔のコースで実施。首都圏に住む佐渡出身者ら100人が参加し、すげがさに旅装束で道行く人々の注目を集め、歴史に思いをはせた。










