「佐渡島の金山」世界文化遺産登録推進事業
佐渡~江戸 沿線地域が集結 東京でフォーラム
金の道発信へスクラム
江戸時代、佐渡で産出された金銀を江戸まで運んだかつての街道、御金荷の道(金の道)。「佐渡島の金山」の世界遺産登録に向け機運が高まる中、その価値や魅力について考える「金の道フォーラム」(新潟県、佐渡市主催)が1月28日、東京都千代田区の東京交通会館で開かれた。国際記念物遺跡会議(イコモス)の河野俊行名誉会長が基調講演。昨年、ウオークイベントを実施した佐渡市、出雲崎町、群馬県安中市、東京都板橋区の団体関係者によるパネルディスカッションも行われ、約150人が、「金の道」を核とした地域連携の在り方を探った。(文中敬称略)
パネルディスカッション
金の道から広がる地域の輪
パネリスト紹介
民間の力で
遺産維持
(一社)佐渡を世界遺産にする会副会長
河野 雅利氏(新潟県佐渡市)
金運搬の
標柱整備を
北国街道の手をつなぐ会会長
三輪 正氏(新潟県出雲崎町)
関連資料
活用に意欲
碓氷関所保存会事務局長
中島 徳造氏(群馬県安中市)
史実に基づく
催しも
板橋史談会特別会員
吉田 政博氏(東京都板橋区)
コーディネーター/ 鶴間尚・新潟日報社執行役員東京支社長
鶴間/「御金荷の道」(金の道)の連携について探りたい。まず、それぞれの活動を紹介してほしい。
河野/佐渡を世界遺産にする会は2006年、「佐渡文化遺産を考える会」と「佐渡金銀山友の会」という地元の民間2団体が合併して誕生。一般社団法人として佐渡金銀山の世界遺産登録に向けた啓発活動に取り組んでいる。重点活動は①県や佐渡市、関係団体と連携した、佐渡金銀山の価値の理解や世界遺産登録の機運を盛り上げるための講演会・PRイベントの実施②会員ら支援者への広報誌などの情報提供―。学習会や世界遺産の構成資産周辺の整備活動にも力を入れている。
三輪/新潟、長野両県の金の道(北国街道)の連携を目的に、30余りの宿場が手をつなぎ、北国街道を広く知ってもらう活動に取り組んでいる。当会総会は両県で交互に開いており、24年は5月に長野県の小諸宿で計画している。会員以外でもぜひ参加してほしい。このほか、街道や金山の研究を発表する「北国街道研究」や、会の活動を伝える「街道通信」を発行。各宿場は地元団体と連携し、街道ウオーキングや講演会も開催している。
中島/碓氷関所は群馬県の西端、安中市松井田町横川にある。1623年に安中藩主の井伊直勝が現在の場所に移した。昨年は400周年で企画展などの記念事業も行った。京都・大阪から見ると、碓氷関所は関東の西の玄関口。江戸に入る鉄砲と、関東を出ようとする女性を取り締まった。江戸を支えた関所文化を将来に継承しようと、碓氷関所保存会が結成され、毎年「関所まつり」をしてきた。国の史跡指定を目指す活動にも取り組んでおり、ようやく2024年度中に指定が実現する見込みだ。
吉田/旧中山道は五街道の一つ。板橋は江戸の町場と村の境界域にある宿場町で、「江戸の四宿」に数えられる。板橋宿は江戸藩邸への使者や家臣の出迎えの場であり、庶民にとっても物見遊山などの際に休む場所になっていた。板橋区では地域の歴史や文化に関心がある人でつくる「板橋史談会」という任意団体があるほか、板橋の魅力を案内するボランティアガイドも活動している。中山道沿いにあり、空き店舗だった築100年以上の「板五米店」を活用し、(参勤交代で中山道を通った)加賀藩・前田家ゆかりの金沢市との連携事業として金粉が掛かったかき氷も提供している。文化財を今後も利用していきたい。
鶴間/それぞれ魅力的な歴史・景観があるが、「佐渡島の金山」の世界遺産登録が実現した際、金の道をどう活用していきたいかを聞かせてほしい。
河野/佐渡を世界遺産にする会は、毎年延べ約200人が参加して相川地区の佐渡奉行所跡から小木港までを2日間かけて歩くイベントを開催している。登録決定後も遺産として維持していくには民間の力が必要。イベントも継続開催し、地域学習や地域活性化につなげたい。
三輪/全国には「北国街道」と呼ばれる道がいくつかあり、新潟と長野を通るルートは「金の道・北国街道」と呼んでいる。両県を挙げ、金を運んだ街道であるという共通の標柱を立ててもらいたい。また資料などを集めて公開もしたい。
中島/(安中市文化財調査委員を務めた)故佐藤義一氏は、金の道に関する貴重な資料を遺した。北国街道上田・小諸宿は236点、中山道坂本・安中宿は50点以上が見つかっており、これらを関所を訪れた人への説明などで活用していきたい。世界遺産を後方から応援したい。
吉田/板橋は戦災や震災で地元資料がほとんどない。だが、イベントや観光のまちづくりをするには歴史的事実に基づいたストーリーが大切だ。金の道は史実を基にイベントができる強みがある。板橋宿は江戸から佐渡へ向かう佐渡奉行の赴任ルートでもあり、江戸の玄関口にもなっているので、「出迎えの場」を重点に置いて、金の道全体のイベントに広げられるのではないか。
鶴間/金の道の街道筋が、どう連携していけばいいだろうか。
河野/約20年前、佐渡から東京まで約400㌔を16日かけて歩く金の道イベントが行われ、史跡佐渡金山の社員も参加して道中の各地域の皆さんにお世話になった。登録後も各地で引き続き連携して金の道イベントを開催することで、それぞれの地域の観光活性化につながる。
三輪/来年、「手をつなぐ会」は30周年を迎えるので記念イベントを開きたい。佐渡金山を主要テーマとして考えたい。金の道でわくわくするような活動をしたい。
中島/佐藤氏が遺した資料の内容に光を当てた見学会やウオーキングを各地が持ち回りで行ってはどうか。例えば坂本宿は400年前の地割(じわり)がそのまま残っていて見どころだ。金の道についてあまり知られていないので講演会などを開いていただけるとありがたい。
吉田/周知という点でいえば、沿線の文化、歴史を楽しみながら巡る「金の道デジタルスタンプラリー」には板橋区郷土資料館が入っている。中山道の展示は何度かしてきたが、世界遺産に登録されたら、金の道の展示会をさせてもらい、東京周辺の自治体を含めて周知をしたい。
鶴間/各地の宿場町が一体となり、ぜひ「佐渡島の金山」の世界遺産登録を応援していただきたい。
基調講演
鉱山と世界遺産
―佐渡との比較において―
イコモス名誉会長、九州大学名誉教授
河野 俊行氏
普遍的価値補う「物語」
世界遺産推薦にはいくつかの資料を提出する必要があるが、その中で必要な一つが比較研究だ。現在の世界遺産や世界全体、地域、国でどういう位置付けにあるかを示さなければならない。それぞれの推薦案件には「物語(ナラティブ)」があるが、「この物語を持っている案件は他にない」と示すことで資産の普遍的価値を補強する。
では、「佐渡島の金山」の物語はどう構成されているか。単純化すると、特徴は手工業的な技術と大規模な生産を可能にしたシステムの二つが柱と考える。
一方、世界遺産になった鉱山については①常に鉱山自体が世界遺産になっているわけではなく、建築や文化的景観など評価されているものはさまざまであること②産出物の種類③地理的分布―を見なくてはいけない。鉱山といっても、建築なのか、文化的景観なのか、近代産業遺産なのか。どういうものが産出されたかでも違う。実は、アジアには鉱山関係の世界遺産は三つしかない。
金関連の世界遺産は六つあるが、三つは建築や先住民との関係が理由なので少し佐渡の物語とは違う方向だ。残る三つのうち、二つはローマ時代関係の遺跡。もう一つは佐渡と時期は重なるが、技術革新や教育、大規模経営にポイントがある。佐渡のストーリーと区別化することは十分可能と思われる。佐渡の物語が(世界遺産として)「しっくり収まる」と解釈される可能性はあると思う。
挨拶・紹介
文化財保存へ
登録祈る
日本銀行金融研究所貨幣博物館長
福山 泰弘氏
昨年10月から開催中の「金の道デジタルスタンプラリー」では佐渡から東京まで21カ所あるスポットの一つに日本銀行金融研究所貨幣博物館がある。日本銀行本店の敷地に、江戸幕府から金貨の製造を独占的に請け負った「金座」と呼ばれる貨幣製造機関があったことから選ばれたと聞いている。
以前、博物館では金銀山をテーマにした企画展を行った。佐渡での採掘作業などの絵巻、地元の町並みのほか、佐渡で小判も製造していたことなどを紹介した。その際の主要な資料の多くは佐渡市をはじめ、島内の多くの関係機関から借り、支援してもらった。大変丁寧なサポートをいただいた。こうしたホスピタリティーの精神は、「佐渡島の金山」の世界遺産登録を世界にプロモートしていく上で重要なファクターになろう。
佐渡市は当館にとって、共に文化財の保存と文化的活用を使命とする同志だ。世界遺産登録の実現を職員一同、祈念している。
安全な
北国街道を経由
佐渡を世界遺産にする新潟の会
佐々木 充副会長
御金荷の道(金の道)の説明をしたい。
佐渡から江戸へのルートは、会津街道、三国街道、北国街道の三つで「佐渡三道」といわれている。会津街道は遠すぎ、三国街道は険しい。平坦地が比較的多く、人家や集落があって安全な北国街道を経由する中山道のルートが使われた。
御金荷の道は佐渡奉行所を出発し、小木港へ金銀を運び、出雲崎へ向かう。出雲崎は佐渡からの金銀の荷揚げ港であると同時に、北国街道のスタート地点でもある重要な拠点だ。
出雲崎から海岸線を進み、高田から山側に入る。関川関所を通過すると信州へ。金沢と江戸の中間地点の牟礼宿などを過ぎ、追分宿に着くと、北国街道と中山道が合流する「分去れ」がある。高崎宿や深谷宿などを通り荒川を越えると、最後の宿場板橋宿。身なりを整えてから江戸城に入り、御金荷を納めて受取手形をもらうと、金の道の仕事は終わる。
佐渡、出雲崎、安中、東京
往時しのびウオーク
江戸時代の旅姿で歩く「御金荷の道ウォーク」の参加者=2023年12月9日、東京都内
江戸時代の装束に身を包み、「金の道」をたどる「御金荷の道ウォーク」が昨年9~12月、4地域で行われた。参加者は旧街道をしのばせる史跡などに立ち寄り、宿場町として栄えた往時の様子に思いをはせた。
9月23、24日のスタートイベントでは、佐渡市相川の佐渡奉行所跡前を出発、真野を経て小木までの約40㌔を徒歩やバスで巡った。10月1日には、佐渡の金銀の荷揚げ港だった出雲崎町の北国街道で約5㌔を歩き、代官所跡や良寛堂に立ち寄った。
その後、旧中山道に舞台を移し、12月2日には群馬県安中市で約12㌔、12月9日には東京都板橋区から街道の起点である日本橋までの約11㌔を踏破し、ゴールした。
沿道からは「世界遺産登録、応援しています」などの声援が送られ、参加者の疲れを癒やした。